自転車で高尾山まで行って高尾山登って降りて自転車で帰ってくる(失敗)v0.3

どうした

 自転車を買った。二ヶ月前のことだ。白と青と橙のトリコロールカラーはあまりにも少年向けアニメ的なカラーリングをしていて当初は少し気恥ずかしさを感じていたものだったが、じきに慣れたというか開き直ってきたとみえて、最近はトータルコーディネートだなんだという言い訳をしながらとうとうドラゴンのマークが入ったグローブを買うまでになっていた。
 さて、自転車というものを社会人になって改めて手に入れてみるとこれがまた諸々の都合にしっくりとくるものである。電車通勤による日頃の運動不足の解消にはもってこいであり、言うほど広くはない街の足としてはちょうどよいときている。都会というものは電車によってどこへでも行けるようになってはいるが、主要な駅は広くて入り組んでいるし、毎日がお祭りでもあるのかと驚くぐらい大勢の人が忙しそうに行き来しているのでいささか閉口していた。そんなおりに自由に一人で好きなように行けるものを手に入れたら、これに夢中になるのは仕方がないことだろう。
 こうなると、二十三区は俺の庭だぞといわんばかりにどこへ行くにも自転車で走って行きたくなる。そこへ自由が丘で行われるボードゲームの集まりがあると聞き、これはしめたとばかりに参加の連絡をした始末である。名をゆるゆるドミニオン会(ゆるドミ)といった。
第27回ゆるドミ結果発表会会場 - 不倒城内 キャベツ太郎貯蔵庫 - はてなグループ::ついったー部
 予定を作って上機嫌でいると、つい余計なことに気づいてしまうものだ。自由が丘からはすぐに多摩川に出られるではないか。そのことに一度気づいてしまうと、かねてよりの企みが頭をもたげてきた。多摩川沿いを遡上して高尾山まで行ってみたい。そしてあわよくば高尾山に登ってしまってみてはどうだろうか。やあやあこれはきっと皆驚くぞとろくでもないことを考えてしまうのである。こうなるともうどうしようもなくて、みるみるまに登山リュックに支度を始めてしまった。
 こういうわけで、中野から自由が丘経由、高尾登山の計画が立ってしまったのである。
 

第一の失敗

 気分はもう遠足である。遠足の前の日の子供と同じということはご多分に漏れずなかなか寝付けないでいる。うっすらと空が白んできたときにようやくかっくりと眠る。そうすると起きるのは昼過ぎになる。時は七月、熱中症の危険が声高に叫ばれる季節のちょうど一番気温が高くなるころに出発と相成った。暑い暑いと言ってはいるがなあにこの俺様にかかれば大したことはなかろうとリュックを背負って出発をした。普段とは違う道の目新しさに最初は意気揚々とこいでいたのだが、次第に日差しに体力を奪われ、10km走ればうなだれて、20km走ってやっと辿り着くころには汗はびしゃびしゃ足はふらふらのボロ雑巾が完成していた。着いてしまえばよくしたもので、涼しい部屋でボードゲームを楽しんだ。
 

 夜の八時を回ったころ、中座の挨拶をして二子玉川へと向かった。最初の目的地は二子玉川にあるアウトドア用品店だ。予定は立てるが準備はそれなりというか、まあ金があればそこいらで買えるだろうといういい加減な性格なので、足りない道具を買いに行こうというわけだ。先の小田原輪行でメシ食ったときにうっかり手袋を置き忘れてしまったのでその補充と、山頂で湯を沸かすための鍋のようなものが欲しかったので、店がやっているうちにたどり着く必要があった。道中、うっかりタオルを忘れたことに気づいたが、戻っていては店が閉まるので泣く泣く諦めることにした。汗は服の裾でぬぐえばいいだろう。幸いにも、夜は風が心地よくさほど汗をかかずに件の店へとたどり着くことができた。再開発された駅前はなにやら小洒落た雰囲気でサイクルジャージに登山リュックという出で立ちには少し居心地が悪かった。しかし心の中で、俺は今から大冒険に出かけるのだぞ、そのことをお前達は知らないのだと思うことで、意気揚々とその場を後にしたのだった。

多摩川

 以前に夜の多摩川サイクリングロードを友人と走ったことがある。昼間は自転車だけでなくランニングをする者で混み合っているサイクリングロードでも、夜なら空いているだろうという軽い気持ちで行ってみたのだった。その実、空いてはいたのだが、これが友人の顔もろくに見えない真っ暗闇であった。考えてみれば当然のことだが、川っぱたに敷かれた道なんかに街灯なんかがあるはずもなく、ただただ自転車につけた貧相なライトだけが頼りである。おっかなびっくり走ってはみたが、何が落ちているかもわからない道で速度を出せるはずもなく、ふたりでわーわーわめきながら走ってどっと疲れた次第である。愚者は経験に学ぶの言葉の通り、今回はサイクリングロードではなく、川の横を通る車道を走ることにした。川沿いの環境も同じようなものばかりだと思っていたらそうでもないようで、工場や川の設備が占めていたりして、川を渡って登る必要があった。登戸あたりから南側へ、南多摩から北側へ、聖蹟桜ヶ丘からはまた南側。聖蹟桜ヶ丘は、上京したての頃に住んでいた街だ。あれからはや十年も経ったのかと妙な感慨にふけりながら、駅前の様子を見て、旧居の前を通った。全然覚えてなかった。そもそも旧居のマンションは建て替えられていた。さて、ここからは多摩川を離れることになる。

京王線

 京王線を頼りに西へと行けば、高尾山に着くはずである。高尾山には電車で行くものである。走行距離が30kmを超えたあたりから、そう確信していた。長時間の走行においてまず限界を迎えるのが尻である。これは尻にパッドを入れることによって対策を講じた。しかし次に限界を向かえたのがこともあろうに腰であった。腰。肉月に肝心要の要と書いて腰である。つまるところ人体の構造においてもっとも重要な部位がこの腰である。尻が痛む原因は尻に体重がかかっているからである。尻が痛くなくなっても、尻にかかる体重は減っていなかった。それどころか、登山リュックなんかを背負って更に増していた。上半身の重さが尻にかかっているということは、同じく腰にもかかっていたのだ。この世で一番儚いもの、腰。この世でもっとも尊いもの、腰。さようなら、腰。ありがとう。
 コンビニでの休憩をはさみ、体を騙しだましなんとか進んでいった。睡眠時間も足りず、連続起床時間もとうの昔に超えていた。眠いときに寝て、起きたいときに起きるのが人というものだろう。しかし自分で立てた目標を放り投げるというのも、決まりが悪い。これが他人の決めたものならいくらでも捨てていけるのだが。ああアイスコーヒーのカフェインだけが頼りだ。京王片倉を越えると、辺りにだんだん木が増えてきて、行き交う車も数台しか見なくなってきた。街灯の間隔が開いてきたのも気のせいではないだろう。頼りにしていた明かりが少なくなっていくことは心細かったが、それは確実に山に近づいてきていることであった。

風呂

 山に近づくとはどういうことだろうか。少し本気で考えてみて欲しい。今回の正解は、程度の差はあれ上り坂があるということである。言われてみればなんだそんなことかと思われるかもしれないが、こと今までにない距離を走ってきて腰が破断しかかっている男にとって、それはどうしようもない事実として全身へと降り掛かってくるのである。AM1:30である。出発するまでは、いや、出発してからもしばらくの間は、あわよくば高尾山山頂でご来光でもひとつ拝んでみましょうかと考えていた馬鹿がいたのである。今から登って間に合うだろうか?いや、そもそもこんな体で登れるのだろうか?登れたとして降りられるのだろうか?いや、まず山に登る意味とは?山とは?楽しかった山の思い出が蘇る。登れば疲れる。下れば膝が痛む。その後には何が待っているのだろうか。そうして思い出したことがあった。高尾山の近くには、アレがある。

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 高尾の湯ふろッぴィは八王子にある健康ランドであり、露天風呂、檜風呂、打たせ湯、薬仁湯、スチームバス(女湯は塩サウナらしい)、水風呂、サウナ、ジェットバス、バイブラバス、ファミリースパ、子供風呂の11種類のお風呂と演劇などの余興が楽しめる大広間と落ち着いて食事のできる海王亭があり、仮眠を取ることのできるレストルームも完備された高尾に出来たこの世の楽園、あるいは全ての人々の魂の還る場所のことである。広々とした駐車場が用意された約束の地ではあるが、残念ながら駐輪場はないので敷地内の邪魔にならないところに置かせていただいた。圧倒的ホーム感のあるロビーで受付をすませ、流れるようにひとっ風呂浴び、備え付けの洗濯機で汗にまみれたサイクルジャージも洗濯をして、レストルームで横になりゆっくりと仮眠を取った。ああなんとありがたいことだろうか。ありがとうふろッぴィ。深夜2時からは追加料金を取られる。素晴らしきふろッぴィ。洗剤は受付カウンターで20円で買える。